精神科医は腹の底で何を考えているか

読書家というほどではなく,書評みたいなことを書くのは恥ずかしい.だから,ごく個人的な感想を書いてみる.

 春日武彦著,「精神科医は腹の底で何を考えているか 」(幻冬舎新書)

である.フィーリングの合う本とか興味を惹かれる本とかは,これまでにもあったのだが,感動する本に出合ったことはほぼなかった.だから,この本も最初はせいぜい題名に惹かれて興味本位で読み進めていたのだが,読み終わってみると静かに感動していたのだ.これには自分でも少し意外な感じがした.とは言うものの,しばらくはそれっきりだった.

 

その後,組織の中での自分の扱いをめぐって,一々腹を立てたり落ち込んだりして(かといって誰かに心情をぶちまけるということはなく),とても苦しかった時期があり,ある時,何の気なしに読み返してみると,感動したポイントが浮き彫りになったのだ.

 

それは,慢性的な精神病患者を入院させるという場面だった.最初,患者は自分の精神が変調を来しているということを認めたがらず,入院に抵抗する.医者(=おそらく著者)は,いきなり強引に入院させるでもなく,のらりくらりとやり取りをして,しかる後,タイミングを見計らって入院に追い立てるとすんなり事が運ぶ.たとえそのやり方が効率的でなくても,患者のメンツを立ててやることが秘訣だというような内容だったと思う.

 

精神を病んでいても,なお,人は自分の小さなプライドに固執し振り回される.つまり,このプライドなどというものは,人間が共通に持っている業のようなものなんだろう.こりゃあ,一生付き合っていくしかない,そしてその向き合い方は,のらりくらりで良い,否,のらりくらりこそが正しいやり方なのだ,と思えたのだ.その思いがジワジワと勇気を運んできた,という感じだったと思う.